日本建設工業株式会社 溶接技術部千葉工場は、発電所や電力会社を主なクライアントとして、プラント配管の建設、補修工事を専門とする「溶接に特化した」部署だ。本記事では、40ミリを超える炭素鋼・ステンレス・各種非鉄といった難溶接材を自在に溶接するだけでなく、取得する難易度が各段に高いとされる溶接資格「TW-4r R-1」を有し、現場で活躍している女性の溶接技能者、あおやまさんの取材をした。特に、現役溶接技能者にして、口下手と自称するとくなが工場長の指導のもとで技能を磨いた4年間について取材した。
昨今、多様性社会という文言を聞かない日はない。しかし、性別・国籍・年齢の垣根を飛び越えるのは一筋縄ではいかない。特に職人は言葉足らずな人が多く、「チョコッと付ける」「クイッと」「ガツっと」など、4年前溶接技能者を目指し始めた当時、当社のとくなが工場長の感覚的な指導に悩むことが多かった。今では最も信頼している、とくなが工場長と歩んだ溶接道を紹介したい。
さて、私と工場長が衝突した事例を挙げればきりがない。特に覚えているのは「2層目の溶接ビード形状が崩れてしまうこと」を相談した時だ。「1層目が駄目だ」と指摘していただいたものの、修正するための技能などが備わっていない当時、「2層目を終えた今、1層目のことなど言われても対処法がないではないか」と私は頭をひねった。どうしたらよいのかと途方に暮れていると「手を動かせ」と工場長ががっかりした顔をしていたのを覚えている。悔しくて涙が出た。
昔の自分を振り返るあおやまさん
とくなが工場長
私は日々、工場端材を使って溶接技能の取得に時間を費やしていたが、周りの溶接技能者のように、美しい溶接ビードを自在に引けるだけの技量と比べると、程遠いと自覚していた。腹を立てることも、泣くこともあったが、工場長をはじめ、周囲の溶接技能者の多くは、明らかな技量が備わっており、「指導者の伝え方が下手なせいで上達できない」などと他人を責めるのはお門違いだ。そこで、私は指導を理解するため、正確なコミュニケーションに焦点を当てた。
具体的に、まずはしっかりと質問できる環境を整えようと考えた私は、当時、工場長代理であったとくながさんが、工場長に就任した際のお祝いと称して「人材のマネジメント」に関する書籍をプレゼントした。本をプレゼントしてくる後輩社員など初めてだったのだろう。驚いた表情をしていたのを覚えている。
結果的に、鼻で笑われるかと思っていた書籍を、工場長は、しっかりと読んでくれた。しかも、何度も。後日聞いてみると、「何かを変えようと必死な形相だった私を見て、これまでほとんど縁のなかった書籍にも目を通してみよう」と決めたのだという。内容としては「頭ごなしに否定せず、話を聞くことの大切さ」について書かれている書籍のため、それからというもの、工場長は、私の話を遮らずに最後まで聞いてくれるようになった。
工場長と徐々に会話数が増えていくにつれて、私の心境にも多くの変化があった。まずは、口下手ではあっても、工場長は、「真剣に私を溶接技能者として育て上げようと尽力していた」と知る機会が増えた。
例えば、工場でのトレーニング中、居合わせた溶接技能者が被覆アーク溶接の運棒法をアドバイスしてくれた時のことだ。工場長は「一過性のアドバイスに価値はない」と強い口調で私に言った。それだけでなく、アドバイスをした人に「もしアドバイスで、溶接姿勢が崩れて、あおやまさんの溶接技量が低下したら、それが改善するまで、指導しに来るのか」と問い詰めていたのだという。つまり、溶接は一朝一夕では身につかず、ポジションやバランス、見る目線、そして一定の姿勢を保つための体幹が重要な技能であるだけに、小手先の技量ではなく、安定姿勢による再現性を重視していたのだ。
また、「1層目が駄目だ」と言っていた日については、次回、1層目をどのように修正するのかを考える時間を与えているつもりだったというではないか。それどころか、「磁気を含んだ母材のせいでアークが定まらなかった時」「溶接部の周りに多くの配管やサポートがありまともな溶接姿勢がとれず苦戦していた時」など、今まで過ごしてきた全ての場面で、ぶっきらぼうな工場長の言葉の裏には「どんな状況にも対応でき、男性にも引けを取らない一人前の溶接技能者に育てる」という強い思いがあったことを理解できるようになった。
次は「AW-4r F-4」取得に向け練習に精を出すあおやまさん
1層目から集中して取り組む
4年が経過した今、私は、工場長の声のトーンや表情だけでその日の機嫌から、この後何を伝えようとしているのか手に取るようにわかるようになった。おそらくそれは工場長も私に対して同じような感覚を持っているのではないだろうか。
加えて、私の夢は「慣れ合いすぎず、でも誰も見放さない、同じ目線で物事を考えられるような工場長になること」になった。
溶接の現場では、「いざとなったらその場で自身の技量をみせること」ができないと、現場の溶接技能者に、何もわかっていない人間だと判断されてしまう場面が少なくない。それに加え自分は業界ではまだまだマイノリティな存在である、女性なのだ。性別の垣根を越えて信頼してもらうには、材料が足りなすぎると感じた。
絶対的な技量の証明を兼ねて、私は昨年9月にティグ溶接の最難関資格の一つとされる「TW-4r R-1」を受験し、取得した。国内でこの資格を保有している女性は一桁しかいないと聞いた。
ティグ溶接の最難関資格取得の腕前を持つあおやまさん
これから溶接技能者を目指す人に伝えたいこと、溶接技能者を受け入れる企業に伝えたいことは、これからの時代、若手・女性・外国人といった、在籍者とのギャップがある人材を受け入れていく上で、前例のないものには、多くの摩擦と衝突がついて回るということ。ただ、一時的な摩擦は、真剣に共通の目的や目標を目指しているのであれば、短期間で収まり、摩擦以上に企業や職場にもたらすメリットのほうが大きいことである。
よく耳にする多様性社会を実現するためには、当然、今までとは異なるコミュニケーション法が必要だ。指導する側も、される側も、日々の小さなコミュニケーションを欠かさないで欲しい。一見無駄に思えるようなやり取りでも、積み重なっていけば、いつかは「その日の溶接を見るだけで精神的不安や体調不良に気が付く」といった言葉を超えたコミュニケーションになって返ってくる。
この業界、特に溶接作業においてどれだけ高性能な保護具をつけていても絶対に安全とは言い切れない。常に危険と隣り合わせの仕事であるが、いかに危険を回避するか、そして周囲の人間を危険から守れるか、自らの手で身につけた経験や技術はいつか必ず誰かの助けになり、自身の背中の後押しにもなる。