広島県立三次高等技術専門校(広島県三次市)溶接加工科では、2人の女性造形作家が週に数回、講師として訓練に立ち会う。学生時代、出席番号が隣どうしだった2人は、卒業後、大学に残る道と金属加工会社への就職の道に分かれて進んだが、美術展に共同出展するなどその後も関係は続き、2017年、そろって同校の非常勤講師を務めることになった。


金属造形作家のまとばさんは、2019年4月の第58回日本現代工芸美術展で初めて入選を果たした。自らの工房で鉄を用いた創作活動に加え、同校講師、三次市で夫が経営する工務店の事務、実家(北広島町)が営む農作物加工品販売・飲食店のチラシ制作などマルチに活動する。

まとばさん

造形作家のてとりさんは、同校講師のほか、2015年の臨床美術士(クリニカルアーティスト)の資格取得以降、老人施設や幼稚園などを訪ね、創作を通じ、高齢者の介護予防や認知症の予防・症状改善、子どもの感性教育などに携わっている。

てとりさん

まとばさんは一男(11歳)一女(3歳)、てとりさんは一女(7歳)の母である。

同校溶接加工科(1年コース、定員10人)は、溶接を中心とした基本的な材料加工から塗装まで一連のものづくりに必要な技能習得を図る。多くの関連資格の取得を後押しする体制を整え、日本溶接協会の溶接技能者評価試験会場にも指定される。「2018年は女性の訓練生が入校した。女性に目を向けてもらう意味で少しは役に立ったのではと感じている」(てとりさん

2人が同校の講師を務めることになったきっかけも金属造形が橋渡し役になった。

以前、三次市で2人一緒に作品を展示した際、来場した同校の担当者が溶接による金属造形を見て、「一度、溶接加工科に来て」と勧誘されたことがあった。「その後、当時勤めていた会社に本校溶接加工科の修了生が入社する縁などもあって声をかけていただき、子育てとの両立などを考慮して2017年からそれぞれ週2回、通うことになった」(てとりさん

2人が最初に出会ったのは、広島市立大学芸術学部デザイン工芸学科だった。「1年から2年にかけて、専攻体験の際、もともとはポスター制作などデザインを考えていたが、金属造形を体験し、形になる面白さに魅了された」(まとばさん

「父が宝飾関係に携わっていたため、子どものころから金属は身近に感じていた。金属造形の体験も楽しかった」(てとりさん

そして3年からは共に金属造形を専攻した。金属造形にのめりこみ、大学を出るまでに自分の居場所を作ろうと考えたまとばさんは有言実行、実家に工房を構え、ティグと手棒ができる溶接機やガス切断器などをそろえた。「実家が営む農業の土と似ている感じがして、鉄のさびに興味を抱いた。金や銀に比べ価値は低いものの、それを上回る作品はできないものかと、自然をテーマにした金属造形に没頭するため大学に残った。学生時代は資格も技能もない中、金属造形する過程で溶接を用いることで制作時間が短くて済み、造形の幅が広がった」(まとばさん

まとばさんによる溶接のもよう

てとりさんが学生時代、金属造形に適用していたのは主にろう付とはんだ付だった。「チタン加工を得意とする会社に就職してから、モニュメント制作など多岐にわたり携わりながら、金属造形作家として自身の制作活動を続けた。レーザで透かしを入れたものや、チタンの発色を生かした作品など内外の個展・グループ展で積極的に発表した。チタンについては、廃材を活用した小物も制作した。仕事ではチタンのほか、鉄、ステンレスの溶接にも携わった」

てとりさんによる溶接のもよう

金属造形の魅力を尋ねると、まとばさんは「ものづくりの可能性の広がり」と語る。「金属造形が好きだから続けている。ただ、周囲の協力がなければできることではなく、感謝の気持ちを何かの形にして返していきたい」

てとりさんは「表現する際の面白さ」を挙げる。「どう表現するかを考え、溶接などを用いて、見える形になるのがすごく面白い。金属造形も臨床美術も自分を表現するものであり、制作を通じて心が落ち着く」

まとばさんは、「これまで公募展への出品は意欲的に取り組んでいなかったが、4月の日本現代工芸美術展ではじめて入選したのを機に、注文も受けている。地方の活動を広く発信する意味でも、公募展への出展を継続したい」

てとりさんは、「子どもにものづくりの楽しさ、表現の喜びを伝えたい。また、今後も必要としていただけるならぜひ、本校で働けたらと思う。女性でも金属を扱える、溶接できる。手に職があれば、結婚・出産・育児の後、私のように主婦でも、ものづくりの会社で働くことができる。本校でそのサポートをしていければと思う。そのためには、自分自身が楽しんで制作を続けていくことも大切であると考えている」とそれぞれ目標を語る。


まとばさんの作品

この作品は、第58回日本現代工芸美術展に出品して初入選した作品「ママ達の奮闘記」です。
毎日忙しいママでも一生懸命に咲く花をイメージに重ねて作りました。
この作品は第5回新県美展(第69回広島県美術展)で、彫塑系で、大賞を戴いた時の作品です。
題名は、「ココロマチ」。お腹に子どもが宿った母をイメージして作りました。
これは、作品作りの途中段階で、イメージを描いたり、ミニチュアを作ってみたりしながら、進めていきます。
これは、大学時代に制作したモニュメントです。題名は、「木漏れ日」。
大きな作品で、大学にあった鍛造機を使って作りましたが、今はもうこんな大作は作れません。
今は等身大の作品を身近に感じる大事なものや事をテーマに制作をしています。

てとりさんの作品

チタン花器など
チタン瓔珞(ようらく)作品
保育園にて臨床美術「アナログフロッタージュ」
まとばさんの工房にて活動