「パートの溶接技能者として雇っていただけるなら、ぜひお願いしたい」とは、国土交通大臣認定Rグレードファブリケーター、戸敷興業(宮崎市)で事務を担当するいけださん。父である社長は2月末に日本溶接協会の溶接技能者評価試験SA-3F・Hを受験予定の一人娘、いけださんに対し、「即戦力になってほしい」と期待を寄せる。

日溶協は、中小企業を対象に専門技能を修得させ、公的資格を取得させるための訓練の実施を支援する、厚生労働省の「中小企業等担い手育成支援事業」を受注し、2018年度から関東地区、19年度からは九州地区でそれぞれ3年間の事業を展開している。

いけださんは、同支援事業の九州地区第1期生として、19年9月から宮崎市内で半年間の溶接訓練を受講している。これまでに各種安全教育講習(アーク溶接、ガス溶接、といし)を修了し、評価試験SA-2Fに合格している。

18年4月、事務職として家業に入り、「工場に入るつもりはなかった」といういけださんはある物件を機に溶接に携わるようになる。

「比較的大きな鉄骨の物件で、各部材をめっき加工で一度社外へ出さなければならない。めっき加工後も各部材の番号が分かるよう一個一個タグ付けするのだが、当時社内で任せる人が見当たらないということで、私に回ってきた。ただひたすら溶接で数字を描くだけの作業だったが、徐々に慣れて思い通りにビードを置けるようになると楽しく、事務職の後に数時間溶接する作業を繰り返し、最終的には400番くらいまで描いた」

作業着姿のいけださん

その後、自宅の鉄骨を製作する過程では午前と午後、毎日数時間、溶接に携わった。いけださんは溶接を始める段階からから、本格的に取り組むには資格が必要であることを認識していた。そこにたまたま、社長が厚労省の支援事業の情報を入手し、SA-2FとSA-3F・Hが取得目標であることや女性でも受講できることを知る。

「専門級まで取得できるなら受講したいと社長に申し出ると、快く後押ししていただいた」

訓練を間近で見る宮崎県溶接協会の担当者は「全6人の受講者の中でいけださんの技能はトップクラス。訓練全体の調和を図るうえで貴重な存在であり、技能も高く周囲のいい刺激になっているようだ」と評する。

社長は、地元の鉄構団体の要職を務めており、日ごろから鉄骨業界の人手不足を肌で感じてきた。娘を溶接訓練に送り出す背景には特別な思いがあった。

「鉄工所もパートで女性を雇うことができれば人手不足解消の一助になる。溶接訓練を修了したら即戦力として期待している。溶接ができるとなればどんどん活躍してもらいたい。娘には業界の広告塔としての役割にも期待する。一生懸命溶接に打ち込むことが、自ずと女性が溶接に携わることのPRにもなる」

2児の母であるいけださんは、長女が小学生になったタイミングで北海道から帰郷、現在夫は北海道で単身赴任中である。

家族4人でスキー場へ

医療事務を中心にこれまでの経験から、自身も母として時間に制約がある中、職種によって異なる時給を実際に体験しているだけに「溶接に関して、女性は男性に比べ触れる機会が少ないだけ。力が必要ではないかなど先入観も大きいと思う。例えば子供が幼稚園に行っている間などを活用できたらメリットは大きい。私自身、パートの溶接技能者として雇ってもらえたらありがたい」と話すと、社長は「もちろん溶接すれば別に支給する」と応じる。

いけださんは19年、社長の指示を受け、宮崎県溶接技術競技会の前段の地区大会に参加し、半自動の20人中ブービーの成績だったが「悔しいから入賞するまでは参加する」という。

現在は「事務がメイン」としながら「働き方改革が話題になる中、将来は私がパートとして溶接に携わることで、ほかの技能者が休暇をとれるような存在が理想」と語る。