大きな意義持つ、最初の一歩
溶接女子による競技会が11月14日、佐賀県で初めて開催された。コロナ禍、さまざまなイベントや行事が中止・延期となる溶接界にあって、13人の溶接女子たちの奮闘は明るい話題となった。激励に訪れた山口祥義佐賀県知事は「皆さんが踏み出した最初の一歩は大きな意義を持つ。これからも、ものづくりや溶接分野で活躍していただきたい」とエールを贈り、佐賀県溶接協会の森孝一理事長も「溶接はものづくりの基盤技術。溶接をもっと知っていただき、興味を持っていただくためにも、この大会を長く続けていきたい。その担い手となるのが皆さんだ」と溶接女子たちの挑戦を讃えた。
2部門に13選手が参加
佐賀県と佐賀県溶接協会が主催した「令和2年度(第1回)佐賀県女子溶接競技会」は14日、佐賀市鍋島町の県工業技術センターで開催された。近年、女性のものづくり現場への進出は目覚ましく、また溶接分野でも溶接資格検定試験の受験や溶接競技会で活躍する女性が増えるなか、女性選手だけの競技会は全国で初めて。SAGAものづくり強靭化プロジェクトの一環としておこなわれた同競技会には、県下の社会人や高校生など13選手が参加し、被覆アーク溶接5人、炭酸ガス半自動アーク溶接8人に分かれ溶接技量を競った。
課題は、被覆アーク溶接、炭酸ガス半自動アーク溶接ともに中板(t9㍉)・下向き姿勢・裏当金有り(A-2F、SA-2F)で、競技時間は40分間。審査は外観、表裏の曲げ試験、X線透過試験および不安全行為などにより350点満点で採点し、1月に表彰式をおこなう予定。
独自スタイルで、緊張感と向き合う
競技会当日は、あらかじめタック溶接(仮付溶接)した競技材を立会人が確認した後、全員がそれぞれのブースに入り、午前10時10分、「競技、開始!」の合図で一斉に本溶接にとりかかった。競技材を前にそれぞれのスタイルで対峙する13人の挑戦者たち。中には、日本溶接協会の溶接マイスター・佐藤桂氏のアドバイスどおり、本溶接前に大きく3度深呼吸し心を整える選手や、何度も溶接線をなぞり、運棒をイメージする選手など、彼女たちはこれまでの練習で修得してきたスタイルで精神統一し競技材に挑んでいた。
40分間の競技時間の使い方も人それぞれで、開始から20数分で最終層を仕上げる選手もいれば、時間いっぱいまでブースで格闘する選手など、それぞれが自分流を貫き、溶接ビードを一層、一層丁寧に仕上げていった。終了後、選手たちは異口同音に「緊張した。あっという間に終わった」という。ある選手は「前日の練習では、納得いく溶接ビードを残せたが、やはり本番では手がブルブル震え、満足な溶接ビードを形成できなかった。その分、ワイヤブラシに心を込めて、一生懸命磨いた」と笑い、また違う選手は「日頃使っている溶接機と異なり、雰囲気も独特なのでやりにくかった」と。彼女たちにとっても、はやり競技会という独特の雰囲気がハードルをさらに高めたようだ。それでも「次回チャンスがあれば?」の問いかけに、「もちろん、リベンジしたい」と皆、前向きだ。
鳥栖工業高校3年生のまつださんは、6月におこなわれた佐賀県高校生溶接競技会で2位の実力者。「本当は被覆アーク溶接の方が好きなのですが、10月の検定試験で炭酸ガス半自動アーク溶接を受験したので、その流れで今回は半自動の部に挑戦しました」という。とにかく溶接が好きで、地元ものづくり企業への就職も内定しているまつださんは、「社会人になっても、もっと溶接を覚え、チャンスがあれば一般の競技会にも出場したい」と微笑む。「溶接を楽しんでほしい」という溶接マイスターの佐藤さんの言葉に応えるように、13人の挑戦者たちは緊張感のなかでも充実した時間を過ごしたようで、終了後の彼女たちの笑顔が達成感を物語っていた。
女性記者も取材に奮闘
一方、初めての女性による溶接競技会という話題性は、主催者の予想を上回る反響があり、地元テレビ局の撮影クルーをはじめ、一般紙や専門紙、ミニコミ誌などマスコミも多く集まり、選手たちに負けず劣らず、女性記者らが会場内を駆け巡り取材に奮闘する姿もまた、同競技会ならではの新鮮さがあった。溶接の魅力、楽しさ、そして重要性を発信するきっかけのひとつともなった今回の女子溶接競技会は、山口知事の言葉どおり「最初の一歩が大きな意義をもたらした」ことは間違いないようだ。
開会式では、大会会長を務める森・佐賀県溶接協会理事長が「溶接はきめ細かい技量と感性も必要。日頃の実力を遺憾なく発揮し、自分を信じて頑張ってほしい」と語り、佐賀県産業労働部の寺島克敏部長も「誇りある第1回の出場選手の皆さんの活躍で、この大会がこれから先も継続され、さらに大きくなっていくことを期待している」と激励。佐藤マイスターも「40分間はあっという間に過ぎる。今、緊張していると思うが、やる気スイッチのONは競技スタート直前まで温存し、競技に入れば、幸せなプラスイメージだけを思い描いて楽しく臨んでもらいたい」とアドバイスし緊張感を解きほぐした。
なお、佐賀県溶接協会では、この競技会に先立ち10月に事前講習会も実施。佐藤氏らマイスターが溶接の勘どころや、競技会への心構えなどを伝授した。
出場選手のよこがお
■被覆アーク溶接
なかしまさん(佐賀工業高校1年生)
1年生の最年少出場者。溶接をはじめて僅か半年。「(競技会は)とても緊張した」というが、終了後、マスコミ陣に囲まれても動じることなく「一つひとつ丁寧に、を心がけました」とハキハキと答える。
すずきさん(鳥栖工業高校2年生)
高校2年生。やはり緊張感から「とても難しかった。でもアンダーカットが無かったのでホッとしています」と、とにかく笑顔が印象的な女子高生。
むろさん(戸上電機製作所)
社会人のむろさんも「緊張した」というが、高校時代には佐賀県高校生溶接競技会にも出場。現在は、溶接ロボットオペレータとしての業務が中心。
ふくちさん(澤野建設工業)
やまぐちさん(ゴーメック/炭酸ガス半自動アーク溶接に出場)
エスペホンさん(澤野建設工業/炭酸ガス半自動アーク溶接に出場)
3人ともに緊張し、練習の成果が出せなかったと悔しがる。ふくちさんは「とにかく初層からドキドキ」と。やまぐちさんは、日頃の業務ではTIG溶接と半自動アーク溶接が中心。「次回も参加したい」と意欲的。エスペホンさんはフィリピン出身。堪能な日本語で「緊張しました」というが、最初に競技課題を完成させたのは彼女。
PS.『あっ!やまぐちさん、目をつむっちゃってますね。改めて“ワインレッドのカラーがお気に入り”という愛車とともに、もう一枚』
もりたさん(髙木鉄工)
鉄骨ファブリケータに務める、もりたさん。日頃使うアーク溶接機と異なり、「やや操作性にとまどった」とも。次回が「第1回なら出場します」と笑う。栄えある『第1回出場者』という肩書が次回のプレッシャーになるのでは…との不安もあるようだ。
■炭酸ガス半自動アーク溶接
まえださん(勝栄機工)
日常業務では配管溶接に携わる、まえださん。競技会では緊張で普段の実力が発揮できず「自分の中で後悔している」と。だからこそ次回も「是非、参加します」とリベンジを誓う。溶接は楽しいといい、「溶接女子がもっと増えるといいと思います!(^^)!」とメッセージを添えてくれた。
たかはしさん(九州セキスイハイム工業)
競技前から「緊張しています」といっていた、たかはしさん。終了後の第一声もやはり「緊張した!」と。それでも次回チャンスがあれば、「是非、出場したい」と前向きに語る。
よねまつさん(原口工業)
「優勝、狙います!」と笑顔で溶接ブースに臨んだ、よねまつさんも「本番は難しかった」と残念がる。それでも前向きな彼女は「休日出勤手当もいただけるし、もちろん次回も参加します。会社が許してくれればね…」と、明るく会場を後にした。
のぐちさん(戸上メタリックス)
前日の練習では、納得の作品を残せたものの、本番ではなかなか上手くいかず、悔しい気持ちが。「溶接がダメだった分、ワイヤブラシに心を込めて、一生懸命仕上げ研磨をしました」と笑顔で話す。
まつださん(鳥栖工業高校3年生)
高校3年生。ものづくりが大好きで、クラブ活動に誘われ溶接と出会う。6月の佐賀県高校生溶接競技会では2位の実力者。「本当は被覆アーク溶接の方が好き。N-2F課題で裏波溶接ができるようになったことや、最終層を上手く溶接するタイミングが少しわかったことで、ますます溶接が好きになった」とも。地元ものづくり企業への就職も内定し、「是非、リベンジしたい」という根っからの溶接女子だ。
ふなつさん(大橋)
「頑張りました…が、緊張で思うように出来ず悔いが残りました」という、ふなつさん。樹木粉砕機の小部品製作で溶接に従事する。溶接について「思い通りにできたときは嬉しいですが、1度溶接すると、なかなか取り外せないので失敗が許されない」ところに難しさを感じているそうだ。次回も参加したいという彼女は「まだまだ溶接は男性の仕事と思われていますが、溶接を頑張っている女性が世の中に評価される時代になってほしい」と語る。