「溶接中は遮光面の影響で視界がアークと溶融池の付近に限られ、自分の世界に集中できるという面白さがある」と笑顔で溶接の魅力を語るのは2021年4月から、群馬県立高崎産業技術専門校(群馬県高崎市)の溶接エキスパート科において、県内の技術専門校では女性初の溶接系の職業訓練指導員として、溶接士を目指す生徒に溶接の指導にあたるこいけさん。同校の生徒でもあったこいけさんは、溶接を指導する仕事に進んだ理由について「溶接を学ぶ中で群馬県内の産業技術専門校における溶接の職業訓練指導員の溶接が好きだという気持ちや熱意をもって溶接を人に教える姿勢に接したことで、自分自身も溶接アークのような熱い思いで一人でも多く、溶接の素晴らしさを人に伝える仕事に就きたいと思うようになった」と語る。
群馬県前橋市出身のこいけさんは関西の大学院修了後、大阪の大手飲料メーカーに就職し、2年ほど飲料における生産管理などの業務に携わっていたが、2015年に群馬県にもどり、同校のメタル技術科(現溶接エキスパート科)に入校。同校に入校した理由は、日本刀の刀鍛冶職人である父の影響が大きく、「父が刀鍛冶職人で生まれた時からものづくりが身近にあった影響、あるいは職人魂のDNAなのか生産管理の仕事をしているなかでも、父のように形あるものを自分で作る仕事に携わりたいという気持ちが次第に大きくなり、鉄や金属の加工に関する専門的な技能と技術を身につけようと同校に入校した」という。
こいけさんは同校に入校するまで溶接機に触れたことがなかった。「高校が普通科で大学と大学院は植物の研究を専攻し、飲料メーカーに就職したため、ものづくりに携わる機会がほとんどなかった。溶接も溶接面を付けた人が、工場で金属をバチバチさせている様子をテレビなどで見たことがある程度であった」。入校前は溶接のような職人技は男性に向いているという思い込みもあり、自分にできるかどうかという不安もあったが、「実際に溶接ビードを引き、様々なことを教わるうちに、溶接は性別や体格といった部分ではなく、日々の試行錯誤しながら地道な努力を継続する溶接への情熱と真剣に向き合う姿勢が重要だと感じるようになった」と溶接に対する印象の変化を語る。
在校中の2017年に開催された第54回群馬県溶接技術コンクールでは、こいけさん自身、特に好きだという被覆アーク溶接の競技に参加、女性として初の入賞(6位)を果たした。「母材や溶接材料、溶接機の仕組みや理屈を考慮した上で、最適な溶接条件を見出すための仮説をたてた後に実際に試行錯誤していくことは大学や大学院で行っていた植物の研究や実験などにも通じる部分もあり、面白さを感じるとともに自分の性分にも合っていると思うようになった。努力するほど技能向上の成果が溶接ビードという形に現れるようになり、ますます溶接に熱中した」。
溶接技能も向上し、溶接の面白さや奥深さを実感するなか、こいけさんはある思いを抱くようになる。「溶接はこれだけ面白くて、やりがいのある世界にもかかわらず、世間の溶接に対する関心が低いと感じていた。特に入校前の自分のように想像で男性の仕事と決めつけてしまう人も多く、自分が溶接士として活躍することでそのイメージを少しでも変えるとともに、一人でも多く溶接の魅力や面白さを人に伝えたいと考えるようになった。そのため修了後は職業訓練指導員のような溶接を人に教える仕事に就くことを志した」。
また、当時から同校で溶接の指導に携わり、群馬県溶接技術コンクールで3回の優勝を誇るはるやまさんをはじめとする県内の産業技術専門校における溶接系の指導員の技能や技術の高さや溶接に対する熱意に触れたことも職業訓練指導員を志した理由だという。
修了後は同校で就職担当の職員として働きながら、溶接の職業訓練指導員となるため免許取得を目指すようになり、2020年12月、念願の職業訓練指導員免許(溶接科)を取得。今年4月から、目標が叶い同校の溶接エキスパート科の職業訓練指導員となった。こいけさんは「職業訓練指導員となり、自分の中で動きや感覚で捉えていた技能と技術を言葉として人に伝えることは難しいと改めて実感している」と教える溶接の難しさを述べた上で、「生徒に対して見本となる溶接をしなければならないというプレッシャーもあるが、日々の鍛錬を継続することで技能と技術を高めるとともに自信を付けて、常に平常心で溶接に挑めるようにしたい」と職業訓練指導員としての目標を語る。