今夏、岡山県で開催された中国地区第5回高校生溶接技術〈圧力容器〉競技会に唯一、女子高生のやましたさんが参加した。ご両親が心配そうに見守る中、「最初はそんなに意識しなかったのですが、溶接ブースに入った途端、足がガクガクと震え、とても緊張しているのが判りました」と振り返る。でもお父さん、お母さんの声援は、とても嬉しく心強く思ったそうだ。仮付溶接から本溶接までの休憩時間、そっとカメラを向けると、ピースサイン。緊張しているとは思えない、なかなかの強心臓ではないか…(笑)。
そしてもう一人、そんな、やましたさんにエールを贈っていたのが、同級生のいけださん。「(やましたさんが)とっても緊張しているな、と感じていました。私も岡山県溶接競技会に出た時、周りに審査員がいただけで頭の中が真っ白になったから」と。彼女もまた溶接女子のひとりだ。
普段からの仲良しの2人は、5月の岡山県溶接競技会に揃って出場。大人たちに交じって大いに健闘し、いけださんは炭酸ガス半自動溶接の部で、奨励賞に輝いた。
みんなの声援を受け、懸命に競技に臨んだやましたさんは「自分自身が思い描いているような溶接ができた時は、とても嬉しい。でも、なかなかそんな溶接ビードと巡り会えませんけどね」と、はにかむ
残念ながら、今回の中国地区大会では、仮付溶接時に大きなギャップができてしまい「それが気になって溶接速度もバラバラ。日頃教えてもらっているような成果が出なかった」と悔しがるやましたさん。指導する備前緑陽高校の青山和義先生も「充分、上位入賞できるセンス、実力を持っている子らだから残念。でも2人とも2年生なので来年もう一度チャレンジしてほしい」と温かい言葉をかける。
2人が溶接を始めるようになったきかっけは、「入学して人と違うことをしたい」と考えたやましたさんが、あれこれクラブ活動を見て回っていた時、たまたま青山先生が指導する「溶接クラブ」が目に入った。「まったく入部する気持ちは無かったのですが、青山先生から『ハイ、では明日から頑張りましょう!』と半ば強制的に進められ、気が付けば皮手袋と皮前掛け、そしてトーチを握っていました。でも全然、嫌な気持ちはなく、むしろワクワクしました」とやましたさんはいう。
それに感化された訳ではないが、親友・いけださんも「やましたさんに誘われ溶接クラブを見学したら、なんだか興味を持ちました」と入部した。女子高生の心をくすぶる何かが、アーク光やアーク音にはあるのだろうか?いやいや青山先生のスカウティング力、先見性が優れていたというべきか…。いずれにしろ、2人は知らず知らずに溶接、ものづくりの魅力の扉を開いたようで、「いつもキャッキャッ言いながら楽し気に実習場に来る。だけど、一旦溶接ブースに入ると、真剣にアークと向き合っている」と青山先生も満足気な様子。「楽しく、明るく、元気よく」…。まさに2人は周りの大人たちをも朗らかにする溶接女子高生であることは間違いないようだ。
仲良し3人組、「次こそは出場へ」
上達が実感できることが魅力
備前緑陽高校だけではない。岡山県にはまだまだ溶接女子高生がいる。前述の中国地区大会を、岡山県と兵庫県の県境・津山市からバスや電車を乗り継ぎ、遠路はるばる見学してくれたのが、津山工業高校2年生のすぎさきさん・ふくしげさん・ちゅうりきさんの3人。同校機械科に学ぶ5人の女子高生のうち、彼女たち3人が岡山県高校生溶接競技会に挑戦したが、残念ながら中国地区大会への切符は逃した。しかし「上手い選手たちをみること、競技会の雰囲気を味わうことは将来、必ず良い経験になる」と、熱血漢の下野優児先生に背中を押され会場にやってきた。
すぎさきさんは「出場選手をみて凄いなぁと正直、思いました。競技会がとても新鮮で面白かったです」と。ふくしげさんも「同じ高校生なのに、ただただ凄いと感じました」と選手たちの真剣さに圧倒されたよう。ちゅうりきさんは「昨年12月の岡山県大会(高校生)に出場したのですが、ダメダメでした。今回の出場選手はみんなとても落ち着いているように見えました」と言い、「私なりに考えると、『溶接』って、とてもセンスが重要だと思うのです。それと練習を重ねていくと、昨日よりも、前回よりも、どんどん上手くなっていっているのが自分自身で判るところが面白いです」と語ってくれた。
彼女たち5人に聞くと、指導者の青山先生、下野先生は、ともに練習時には事細かに口を出すのではなく、あくまでも自然体の放任主義。ただ、こちらから質問すると的確に応えてくれるそうで、「とてもやりやすいし、楽しい環境」と言う。「溶接は面白い、楽しい」を実感するには言葉ではなく、自身の経験が一番ということだろうか。
少女たちの夢、夏休み… 話題尽きない、JKトーク
将来については、やはり5人5様。やましたさんは「できれば、溶接に関わるような仕事がしたいです」。すぎさきさんとちゅうりきさんは「自動車整備士」…。『うん、うん、なるほど、なるほど。工業系で学んだ道に進みたいのか』と妙に納得していると、いけださんは「子供が好きなので保育士」と。そして女子会トークのオチはふくしげさんが担当。「安定した仕事…」と。お~ぉ、さすが平成生まれ、鋭い!でも小さな声で、はみかみながら「どんな仕事でも、その道で腕を磨けば、安定した仕事になるのですね…」と。16歳はしっかりと将来と向き合っているようだ。
そんな彼女たちに夏休みについて聞いてみると、やましたさん・いけださんともに「ブ・カ・ツ(部活)」。中国地区大会に出場するやましたさんはもちろん、8月のJIS溶接評価試験の受験に向けて2人は懸命に練習に勤しみ、月曜日から土曜日までどっぷり『溶接』に浸ったようだ。しかも、福祉コースに学ぶいけださんは、介護士資格取得に向けての校外実習もあり忙しい日々が続いた。
すぎさきさんは、インターンシップでの課題と書道部の活動に費やし、軟式テニス部に所属する、ふくしげさんは「部活とアルバイト。接客業だったので笑顔を存分に振り撒いていました(笑)」と。ムードメーカーの彼女の話は、実にウィットに富んでいて周りを自然に和ませてくれる。
同じ軟式テニス部のちゅうりきさんが「実家の手伝い。夏野菜のきゅうりを収穫していました」と言った途端、間髪入れず津山工業女子2人が「田舎でしょう!!」とツッコむ。仲良し3人組の絶妙のタイミング。これには初対面の備前緑陽女子たちも噴き出す始末…。
そうなると、女子会トークは大いに盛り上がる。最初はそれぞれ初対面ということもあり、よそよそしさも多少感じられたが、そこは「明るく、楽しい溶接女子」たち。「かしましい」という言葉があるが、5人ともなると、むしろ聞いている小生に、元気パワーを注入してくれるから不思議。
話題が趣味に移ると、ちゅうりきさんは「読書」。最近読んだ山田悠介氏の『リアル鬼ごっこ』が面白かったそうだ。すぎさきさんは「音楽を聴くことも歌うことも大好き。最近は日本の横笛・『篠笛(しのぶえ)』にはまっています」という。いけださんはお琴。少女たちは今、“和”がトレンドなのかなぁ?とつくづく考えさせられ、同時に篠笛とお琴のコラボが少し頭をよぎった。
そして、やましたさんの「お菓子作り。ロールケーキが得意」との回答に、今度はいけだ・すぎさき・ふくしげ・ちゅうりきさんの4人が揃って「女子力、たか~ぁ!」と称賛。ものづくり大好きのやましたさんが溶接とはまったく違うジャンルでもその才能を発揮していることに、少女たちは讃えた。
大トリはもちろん、ふくしげさん。しばらく考え込んで「う~ん、とくに無し。強いて言うなら『溶接』かなぁ…」。よくぞ言ってくれました。この企画の趣旨を充分ご理解いただけているようで。
そうです。溶接は好きになればなるほど、奥深く面白味が増すものです。日本一の溶接士も現代の名工さんたちも、皆、そうおっしゃっています。
最後に溶接競技会についてお聞きしたところ、ちゅうりきさんは「もちろん出場したいです。でもまだまだ力不足なので、上手くなるには練習しかないと思います」と。ふくしげさんも「チャンスがあれば、もちろん出たいです。私の場合は、精神統一が課題で、これを克服しなければ…」。すぎさきさんは「苦手なカド溶接を克服して競技会に出てみたいです」と、物静かな雰囲気とは少し違う、闘志を秘めた一面も見せてくれた。
「圧力容器の課題にも挑戦したいです」という、いけださん。「今年の悔しさをバネに、来年こそは。そのためには練習しかありません」と、やましたさん。2人の視線はすでに来年へと向かっているようだ。
そんな5人の会話に、青山・下野両先生も実に楽し気に目を細める。
明るく、楽しく、元気よく----溶接女子の無限の輝き
少女たちは今日も更なるレベル向上を目指して「明るく、楽しく、元気よく」溶接女子をエンジョイしていることだろう。彼女たちの笑顔がますます溶接界を面白くしてくれると期待する。
日頃、溶接業界の重鎮や学者・先生方などを相手に取材活動する小生にとって、少しの戸惑いと緊張感を覚えた今回のインタビュー。「夏の思い出は?」と聞かれると、間違いなく「今夏出会った溶接少女たちの輝き」と答えることだろう。